Last update 29 July 1997
夏の学校の「有効質量」の講義の準備についての話し合いの中で、有効質量とGreen関数との関係を取り上げるべきではないかとの意見が出ました。それにも一理あると、私自身も思うのですが、約2時間という限られた枠の中で、背景を知らずに聴くと、あらすじさえちんぷんかんぷんになることも間違いないと思います。だいたい、Green関数とは何なのか、という説明で、最低2時間はかかるのではないでしょうか?それでもGreen関数が話題に上ることはあるでしょうし(今回に限らず)、ある意味では便利な道具であることも確かです。
そこで、興味と時間のある人のために、入門的なノートをつくって配布してしまおうと、勝手に決断しました。これは理論屋でもなければ物理屋であるかどうかも怪しい筆者が、自己流に(自分用に)まとめてあったものを下敷きにしたものです。どっかにとんちんかんなことが書いてあって、理論家の方などからお叱りを受けるかもしれませんが、まあ大筋は外していないつもりです。立ち入った計算はほとんど省略して、物理的意味を強調しました。(実のところ電子メールでは立ち入った計算は書けない。)書いてある計算は、古葉書でできる程度のものです。あ、それから、無断転載など知的所有権をむやみに侵害するようなことはやめてくださいね。
もちろんここに書いてある程度のことでは、専門的な計算はできませんし、実験研究の手助けにもあまりならないし、超伝導のTcを上げるアイデアなんて出てきません。しかし理論家がその類のことを示したときに、その発想や意味を理解する助けにはなるだろうという程度のつもりです。興味も時間もない人がこれを読んでも理解できないのは当然で、よくわからんからといって悲観的になる必要はまったくないと思います。Green関数は、それ自体が物理なのではなくて、洗練された技巧にすぎないといえば言い過ぎでしょうか。
構成は、まずGreen関数の3つの意味として、
を説明したあと、余計なひとりごとを挟んで、電子論への簡単な応用として、
を説明します。最後に摂動論に関する補足があります。
Green関数には3つの“顔”があります。Green関数を使った議論では、どの顔がかかわっているのか見失わないようにすることが大切です。
もちろん互いに関係しているわけです。理論物理の本には、もっとごたごたしたGreen関数の分類が書いてあります。(時間がどうとか、関係する粒子の数がどうとか)
例えば電磁気学で出てくるPoisson方程式、
−△V(r)=ρ(r)
(電荷分布ρから電位Vを求める式)を考えます。もし点電荷しかなければ、解はCoulombの法則として知られているもので、距離に反比例する電位です。この場合、ρは1点でだけゼロでないδ関数です。
どんな電荷分布も所詮は点電荷の集まり(重ね合せ)なので、一般解は点電荷に対する解のやはり重ね合せになります。(線形微分方程式だから。)
そこで、点電荷に対する解をgと書けば、
−△g(r)=δ(r)
で、
−△V(r)=ρ(r)=Σjρjδ(r−rj)
に対する一般解を、
V(r)=Σg(r−rj)ρj
と表すことができます。連続な電荷分布に対しては、
−△V(r)=ρ(r)=∫ρ(s) δ(r−s) ds V(r)=∫g(r−s)ρ(s) ds
のように積分を使って書きます。
ご心配なく。今のGreen関数g(r−s)は、ただの点電荷のCoulomb則で、位置sに置いた点電荷が位置rにつくる電位の式です。それに電荷分布のρ(s)をかけて足し集める(積分する)と、一般解が出てくるという話です。このように、Green関数は原因(位置sの点電荷)と結果(位置rの電位)を関係づけるという意味を持っています。
一般に原因ρに対して結果Ψを与える法則(線形微分方程式)、
F(Ψ)=ρ
があったとすると、今と同じ議論が使えます。つまりGreen関数g(r,t) は
F(g)=δ(r,t)
の解で、意味は、位置r=0, 時刻t=0にある原因が、位置r, 時刻tでの結果に及ぼす因果関係です。
何の御利益があるかというと、ややこしい微分方程式を直接いじるよりも見通しがよいこと(教養程度の電磁気学では知らん顔してそうやっている)、もし解けなくても、gが得られたことにしておけばその先の議論ができるということ、等々。
例えば、原因ρを電場・磁場として、結果Ψを電流・磁気モーメントとすれば、電気伝導・磁化率の一般論ができるわけです。線形応答とか久保理論と呼ばれるもののことです。ついでながら、久保理論のすごいところは、電場 vs. 電流の因果関係を、電流どうしの相関関係に書き直した点です。系が外力にいかに応答するかは、系に内在する相関関係が反映されて決まるのだということです。
微分方程式としてシュレディンガー方程式を考えます。
H|Ψ〉=E|Ψ〉
書き直すと、
(E−H)|Ψ〉=0
です。これだけだと平和なのですが、この系のx番目の状態に何か異変が起こったとします。そのことを、新しい波動関数を|g〉と書いて、
(E−H)|g〉= |x〉
と表現します。付け加えた異変としては、もっとも簡単な単位ベクトル|x〉(x番目の成分が1で他はゼロのベクトル)を考えています。前に1)で、いきなり任意の電荷分布を考える前に点電荷を取り上げたのと、まあ似たような発想です。
以下では、演算子-->行列、波動関数-->ベクトルと見なします。これを解いて|g〉を求めたければ、逆行列
1/(E−H)
を求めて左からかければよいと、形式的にはいえます。つまり、
|g〉=[1/(E−H)]|x〉
です。形式的なことですから、深く考えすぎないように。xを座標と解釈すると、|x〉は粒子が1点xにある状態なので、δ関数のようなものと見なせるといえば、1)との対応はわかるでしょう。もう1ついえば、ここの逆行列は微分演算子の逆演算なので、積分演算子だということです。だからこの表式は、状態“x”に異変が起こったときに、波動関数全体にどう影響が波及するかを表しています。
では、状態“x”に起きた異変が状態“y”にどう出てくるかを見るためにはどうすればよいか?ご想像の通り、左から別の単位ベクトル〈y|をかけて、|g〉の中の|y〉の係数を見ればよいのです。
〈y|g〉=〈y|[1/(E−H)]|x〉 =G(y,x)
これが量子力学で使うGreen関数演算子の行列(y,x成分)です。Green関数演算子そのものは
G=1/(E−H)
です。ここの話からわかるように、Green関数はその系に外力が加わったときどんな反応を示すかを表現しているのです。さらに、近似計算をする上でとてもありがたい性質を持っています。
では何がありがたいのか説明します。Hamiltonian、H を2つに分けて、
と書き直します。すると対応するシュレディンガー方程式は、
(E−H−V)|Ψ〉=0
で、そのGreen関数は、
G=1/(E−H−V)
です。Hがよくわかっているので、V なしのときのGreen関数
G0=1/(E−H)
もよくわかっているはずだとすれば、これを利用してG0から出発してGに近づけていく手があります。
そこで、
G0−G=1/(E−H)−1/(E−H−V)
を、演算子の通分公式
1/A−1/B=(1/A) (B−A) (1/B)
を使って計算すると、
G0−G=[1/(E−H)] [(E−H−V)−(E−H)] [1/(E−H−V)] =−[1/(E−H)] V [1/(E−H−V)] =−G0 V G
となります。つまり、
G=G0+ G V G0
というDyson方程式と呼ばれる形になります。
両辺に未知数Gがあるのでちょっと厄介ですが、右辺のG をG0で近似すればまず、
G1= G0 + G0 V G0
が得られます。このG1はG0よりもマシだろうから、今度はこれをDyson方程式の右辺のGに入れると、
G2=G0 + G1 V G0=G0+(G0+G0 V G0) V G0 =G0 + G0 V G0 + G0 V G0 V G0
となります。以下これをどんどん繰り返すと最終的に、
G=G0 + G0 V G0 + G0 V G0 V G0+... +G0 (N個のVとN−1個のG0 を交互にかけたもの)G0 +... = G0 + G0 Σ G0
とかけることがわかります。Σは和の記号ではなくて、自己エネルギーと呼ばれるもので、
Σ= V+ V G0V +V G0V G0V +...
です。何でこんな名前がついているかというと、たぶんこの手の議論が真空中で電子自身が持つエネルギーを計算する試みから始まったからでしょうね。Σはselfの頭文字をギリシャ文字にしたわけです。
これで少なくとも形式的には、無限次までの摂動の効果がΣとして表されて、見かけはすっきりするわけです。(実はΣにすべての面倒を押しつけただけだが。)Σをちゃんと計算するには、Feynmanダイアグラムとかを使った技巧が色々ありますが、専門的すぎるのでいちいち述べません。(実は筆者が知らない。)主な結論としてΣの中でも、因数分解できない本質的な部分だけを取り出して、それを改めてΣと書くと、
G=G0 + G0 Σ G G=G0/[1− G0 Σ] = 1/[1/G0−Σ] =1/(E−H−Σ)
という形になることだけいっておきます。こちらの方がむしろDyson方程式と呼ばれるようです。この式を見れば、Σがエネルギーをずらせる働きをしていることがわかります。
Σをどうやって計算するかは、理論屋さんに任せるか多体問題の専門書を見て下さい。有機化学の異性体の種類を数えるのとよく似た話が書いてあります。あとで4)5)のところで、Σが得られたとしてその意味を述べます。
これまで強調してきたように、Green関数とは原因と結果の因果関係あるいは相関関係を表現しているわけです。時間がらみの問題なら、原因が結果にどう伝搬するかという意味も持っているわけです。
そこで量子統計力学ではGreen関数を、例えば、
G(r−s,t−u) =≪φ(r,t)φ* (s,u)≫
などと定義します。≪ ≫は統計平均をとるということです。(密度行列かけてTrをとれということです。)この意味は、
どれだけ関係あるのか、ということです。言い換えれば、時刻u, 場所sに置いた粒子が、時刻t, 場所rに現れる確率みたいなものです。この先を計算する上では、時間の虚数部を温度と見なすとかいう奇妙な話が出てきて、(実は単に複素関数論の形式的な話だと、筆者は思う。)思わずメゲそうになるのですが、結局は、伝導電子のような場合だと、
G(k,q; E)=δ(k−q)/[E−E(k)]
という、要するに2)で見たようなδ関数を(E−H)で割ったものがでてくることがわかります。ん?いつの間にか変数が変わっている?はい、Fourier変換してあります。一般の場合は、線形応答や久保理論の書いてある本に専門的な計算が述べてあるので、そちらを見て下さい。本当はそのへんが面白いはずなのですが、複素関数論が必要で、そんなもの電子メールで書く気にならないので目をつぶることにします。電気伝導度や動的磁化率の形式的で高級な計算ができるという話です。
以上でGreen関数の3つの意味についてのいい加減な説明を終わります。使い途?こんな一般的なものだからいくらでもあります。量子化学の分子の問題にも使えます。およそ原因と結果を問題にする限りは、非線形性が大して強くない範囲では何でもいいのです。何でも表せてしまうので、何を表しているのかわからなくなるんですよね、たいてい。ちゃんと使うには、複素関数論の知識(Cauchy積分とか解析接続というやつです)が必要です。量子力学の知識としては、まずはψ(x)=〈x|ψ〉ということがわかって、時間に依存する摂動論が使えるぐらいでよいでしょう。あとは密度行列が使えるくらいの量子統計力学を知っていれば心強いでしょう。
が、何にでも使うのは、自分で練習問題としてやる場合以外感心しません。筆者自身は、3年に1回ぐらいしか本気で考えないし、学会や論文で駆使することは今後ともないのではないかと思います。こういうすごい道具は真価を発揮すべきときのために大事にとっておくべきなんでしょう。どんな場合に真価を発揮するのかというと、無限次まで摂動計算を進めないといけないときとかで、近藤効果とか超伝導とか、自由電子なんかから普通にはたどり着けない物理があるときでしょう。理論のプロを目指す人はその日のために勉強しておいてもらうとして、そうでない人は、ここで紹介した3つの意味をわきまえておけば十分ではないかというのが、筆者の個人的意見です。ちゃんとした計算を完結させるにはそれなりの専門的修養が必要なわけで、超人でもなければ、実験の片手間にマスターできるようなことではないのです。それに、もう一度いいますが、Green関数自体はたぶん物理ではないのです。逆に、ここで紹介した3つの意味をわきまえておけば、理論の専門家が何をいおうとしているか大体のことは引き出せるだろうとも思います。
差し出がましい説教をしてしまいましたが、このあと2つの話題について説明します。
以下ではFermi分布の基底状態を基準にとって(真空と見なして)そこにエネルギーEを与えて励起すると伝導電子が現れるという見方をします。
(この項で書くことは、89年に豊田先生や佐々木さん達がSolid State Commun. に書かれた議論を読んで勉強したことがベースになっています。)
ここでは繰り込みの考え方を示します。ここで繰り込みというのは、相互作用が働くとそれがないときに比べてエネルギーがずれるという話です。、例えば分子間に相互作用が働いてHOMOとHOMOが新しい結合性軌道をつくってエネルギーが下がるというのと、だいたい似たりよったりのことです
電子相関のない伝導電子の1粒子状態は運動量とエネルギー(k, E)で指定できるので、これを変数にとってGreen関数を、
G(k, E)=1/[E−E(k)−Σ(k, E)]
とします。 E(k)は電子相関のない伝導電子の1粒子エネルギーです。Σ(k, E)は電子相関その他が加わったことによるエネルギーの補正、つまり自己エネルギーです。電子相関その他によるエネルギーのやりとりが小さいとすれば(低温で成り立つ仮定)、
Σ(k, E)=Σ(k, 0)+ E (∂Σ(k, E)/∂E) E = 0 +...
と展開できます。Fermi面から離れたところは知らん、というわけです。さて、
z=1−(∂Σ(k, E)/∂E) E = 0 = 0
として、Σ(k, E) の展開式をG(k, E)の分母に代入すると、
G(k, E)=1/[Ez−E(k)−Σ(k, 0)]
となりますが、Σ(k, 0)はエネルギーの原点をずらせるだけなので、以下では省略します。すると、
G(k, E)=(1/z)/[E−E(k)/z]
となります。これを見ると、エネルギー(Gの分母がゼロになるEの値)が(1/z)倍になることがわかります。これを、相互作用が繰り込まれたといいます。これに合わせるために、電子相関もひっくるめてHamiltonianをまるごと(1/z)倍します。いわばエネルギーを測る単位が変わったと思うわけです。(第2量子化を知っている人への注釈:元のHamitonianと一致させるために、一粒子演算子---波動関数は√z倍する必要があります。)
その新しいHamiltonianからGreen関数を作り直して、それを改めてG(k, E)と書けば、
G(k, E)=1/[E−E(k)/z]
となります。(第2量子化を知っている人への注釈:ここのGreen関数は、相関関数として一粒子演算子2つの積なので、この繰り込み変換によってz倍されたのです。)新しいHamiltonianの固有値を(対角要素を)E(k)/zと書いています。
では種々の物理量がどうなるか調べてみます。
まず、伝導電子の速度と有効質量ですが、エネルギーが(1/z)倍になったので、その1次微分も2次微分も当然(1/z)倍になります。だから速度は(1/z)倍に、質量はz倍になります。Fermi面での状態密度も同様にz倍になります。質量に比例するからと考えてもよいし、状態数をエネルギーで微分するからと考えても同じです。
不純物によって散乱される遷移確率は、不純物と伝導電子の相互作用行列要素の2乗にFermi面での状態密度をかけたものです。 Hamiltonianがまるごと(1/z)倍になったので、相互作用行列要素も(1/z)倍になり、その2乗にz倍になった状態密度をかけるので、遷移確率は結局(1/z)倍になります。緩和時間でいうとz倍です。
残留抵抗は有効質量に比例し、不純物散乱の遷移確率に比例するので、これは変わりません。平均自由行程は速度と緩和時間に比例するので、これも変わりません。
まとめると、
このように、色々な物理量が電子相関その他によってどう影響されるかを整理することができます。ただ、この程度の議論はわざわざGreen関数を使わずとも、2次までの摂動論から構成することができそうな気もします。(かえって面倒かな)
Green関数と複素関数論の関係をちらっと見るために、状態密度がGreen関数の虚部で与えられるということを示してみます。本当に複素関数論が威力を発揮するのは、線形応答の問題(Kramers-Kronig変換等々)なのですが、ここではそれには触れません。
準備として、次の式のx=0付近を考えます。
1/(x+iε)=x/(x2+ε2)−iε/(x2+ε2)
実部はx<0で正、x>0で負の関数で、Lorentzianを微分したような形です(ESRの線形みたいなものです。)要するに1/xがボケて発散しなくなったものです。
虚部は、εを正とすると、x=0にピークを持つ関数で、ピークの高さは1/ε、半値半幅はεです。
εをゼロに近づけると、いずれも変化が急激になります。極限では、虚部は面積πのδ関数になります。実部は1/xになります。
そこで、εをゼロに近づける極限では、
1/(x+iε)=1/x−iπδ(x)
と書くこともあります。本来は積分の中に入れて使う公式です。
さて、次のGreen関数を考えます。
1/(z−H−Σ)
Hの固有関数を使って、近似的にΣを計算したりすると、Σに虚部εが付いてくることがあります。実部はエネルギーのシフトを表すのですが、虚部は何を表すのか?それは、Hの固有状態が実は本当の固有状態ではなく、時間1/ε程度経つとどっかよその状態に行ってしまうという意味を持ちます。あるいは、本当の固有状態は、Hの固有状態いくつかの混ざりもの(共鳴)になっているということです。摂動論を理解していればわかる話です。
非常に近似がよければ、εはめちゃくちゃ小さいので、
1/(z−H−Σ)=1/(z−H−Re[Σ]−iε) =1/(z−H−Re[Σ]) + iπδ(z−H−Re[Σ])
と書けます。Green関数の虚部を見ると、なるほど、
z=H+Re[Σ]
に確率1が集中していることを表すδ関数になっていて、つまり、全状態がz=H+Re[Σ]のところに集まっていることがわかります。というわけで、これを状態密度と解釈して、
ρ(z)=Im[G]/π
と書きます。もうすこし説明すると、この系を励起してエネルギーzを与えようとすると、z=H+Re[Σ]の場合だけが可能で、それは励起状態がH+Re[Σ]の所にしかないからだ、ということです。考え方が“分光学的”ですね。
近似が悪いと比較的大きなεが出てきます。系の中に制御不能な揺らぎがある場合にもそういうことが起こります。そんな場合は、Green関数の虚部はボケて、つぶれたピークになります。ボケて広がった幅は、 Im[Σ]で与えられます。励起状態がしゃんとしていなくて、寿命が短く、いい加減な励起エネルギーしかない、というわけです。これに対応して、状態密度も幅が広がります。励起エネルギーはH+Re[Σ]に限らず、その周辺にも状態が分布しているということです。
以上の議論では個々の状態を指定する量子数(例えば波数k)を省略しましたが、GとH(の行列要素)に量子数を表す添字を付けて書いた方が本当はわかりやすいと思います。
共鳴分光学を知っている人には、
に対応するといえばわかりやすいでしょう。ESRでいうと、Re[Σ]はg値で、 Im[Σ]が線幅です。NMRではRe[Σ]がchemicalシフトに相当します。この例でもわかりますが、2次までの摂動論かモーメント計算を知っていれば、そんなにびびることはない話です。Green関数の一般形から、素直に線形応答関数の一般形(分散式=実部と虚部の周波数依存性:Lorentzianとか)が導けることも類推できますね。
別の例として、伝導電子の中にある局在しかかったd電子のエネルギーとその幅の計算を考えてもよいでしょう。簡単化したs-d模型というやつです。伝導電子とd電子の間のtransfer積分(いわゆるπ-d相互作用もこれ)が、d電子がd軌道にとどまる寿命を決める摂動です。
上記4)と5)は、実は2次までの摂動論に対応した内容になっています。HamiltonianをH+V、Vを摂動として、2次までのエネルギーの摂動補正式を書くと、
E j (2) =〈j|H|j〉+〈j|V|j〉 + Σ k〈j|V|k〉〈k|V|j〉/(E j−E k)
最後の和Σは k についてとります。波動関数の方は、1次までとると
|j〉(1) =|j〉+Σ k|k〉〈k|V|j〉/(E j−E k)
です。
E j (2)の中で〈j|H|j〉は、系が状態jにとどまりながらVの影響を受けてエネルギーが変わる(シフトする)ことを表します。次の項は、もともと状態jにいた系がVによって別の状態kと共鳴して、(1/(E j−E k)という割合で混ざって)それによるエネルギー安定化が起きることを表します。いずれにせよ、Vが加わることによって、エネルギーがシフトするわけです。4)ではそのシフトを自己エネルギーの実部として扱い、それを励起エネルギーで展開して1次まで残しました。その結果、多体効果による自己エネルギー補正が励起エネルギーに比例するならば、質量その他が繰り込みを受けることがわかりました。
1次摂動の波動関数|j〉(1)の補正項を見ると、もともと状態jにあった系がVによって1/(E j−E k)に比例する確率で別の状態kに遷移することを意味しています。(本当は時間依存の摂動論で遷移確率を使って議論すべきですね。)このように有限の寿命τで別の状態に行ってしまうことを表現するには、エネルギーに小さな虚数−ih/2πτを付け加えます。エネルギーとは振動数のことで、永久にその振動数で振動し続けるならば、状態はexp[−2πi(E/h)t] と書けますが、“減衰振動”ならば、
exp[−2πi(E/h+1/2πτ)t] = exp[−t/τ] exp[−2πi(E/h)t]
となるからです。その結果、状態密度(あるいはもっと一般にスペクトル密度関数)がボケて、幅広になることは5)で見た通りです。
Green関数を使えば、実部と虚部という形式で上記の繰り込みシフトとポケを見通しよく扱えるわけです。