研究内容


1)二硫化モリブデンからのガス放出

a)MoSは層状構造であるため劈開性があり潤滑剤として使用されている。また超高真空中においても油脂やプラスチック類と異なり真空雰囲気を汚染することがないため使用されている。この研究では、超高真空中にMoS劈開装置とTOF分析器を設置し、劈開時に水素と水が発生することを観察し、層間中にこれらの分子が存在することを明らかにした。さらに劈開前の試料を超高真空中で加熱した後、その場で劈開し,発生気体量と加熱温度の関係を測定した。その結果約700℃24時間の試料加熱により水素は約一桁、水は約1/4に減少した。この結果はb)で述べるTDS実験と一致している。

b)TDSによる観察をあわせて行った。熱脱離する水に注目すると活性化エネルギーが異なる2成分が観察された。粉末及びbulk試料によりその成分比が異なり、活性化エネルギーの大小によるそれぞれの水の起源が層間及び表面吸着によることを示唆している。異なる昇温速度により同様の実験を行い、層間中の水分子の拡散・脱離に必要な活性化エネルギーは1.3eVであることが解った。

2)超高真空フォトン走査型トンネル顕微鏡の試作

超高真空で動作可能なフォトン走査型トンネル顕微鏡を製作した。大気中で作動させ直径176nmのラテックス粒子の観察に成功した。エヴァネッセント場を発生させる光源にはHe−Neレ−ザ−を用いており、波長以下の分解能が得られたことを示している。さらに銀の真空蒸着膜の表面観察を行うとともにエヴァネッセント場強度の減衰特性を調べた。

3)多結晶チタンからの電子衝撃イオン脱離

,O,O2+イオンの脱離が観察されたが、Oには脱離時の運動エネルギーの異なる2種類のイオンが含まれている。脱離イオン収量の入射電子エネルギー及び試料温度依存性を測定した結果次のことが明らかになった。運動エネルギーの大きなOイオンはTiO層よりKF機構により脱離する。他のイオンは表面吸着物質に起源を有する。

4)電子衝撃による酸化マグネシューム表面からの脱離イオンの放出角度分布測定

,H2+と脱離時の運動エネルギーの異なる2種類のOイオンが脱離し、速いOはKF機構により脱離するMgOからの酸素イオンであり、その他のイオンの起源は吸着物であることは、既に明らかにしてきた。この研究では主に速い酸素イオンに注目し、全脱離イオンの放出角度分布を測定した。速い酸素イオンはクーロン反発により脱離するため表面垂直方向に脱離しやすいと考えられるが、測定結果は表面垂直より約15゜方向に脱離しやすいことを示している。このことは脱離するイオンのまわりに格子欠陥やステップが存在することを示唆している。

そこでステップ密度が高い(111)面からの電子衝撃脱離イオンの放出角度分布を測定した。その結果(001)面より脱離イオン強度が大きく、しかも(111)面垂直方向にピークをもつ分布が得られ、ステップから0が脱離しやすいことが明らかになった。

5)走査型オージェ電子顕微鏡による二硫化モリブデン表面の観察

MoSは層状結晶であり、その一層はMo原子を両側S原子が挟み込んだサンドイッチ構造をしている。従って劈開面は必ずS原子層になっている。TDS実験でSOが検出されており、これはMoS表面上で酸素と硫黄が化学反応をおこし熱脱離したものと考えられ、その際硫黄原子の抜けた表面欠陥を作ると考えられる。又表面への電子・イオン衝撃も表面原子の脱離を引き起こし欠陥を生成すると考えられる。そこで、MoS試料を加熱、又は電子照射、又はArイオン照射し、それら試料のSとMoの表面組成比をオージェスペクトルにより調べ欠陥生成の程度を調べた。その結果イオン照射により、硫黄の脱離さらにその下のモリブデンの脱離も観察されたが、電子照射と加熱による脱離は観察されなかった。

6)Wティップへの気体吸着による電界電子放出電流の変化

超高真空中にタングステンティップとステンレスプレートを接近させて設置し、印加電圧を変化させながら電界放出電流を測定し仕事関数の変化を調べた。測定は7×10ー7から8×10ー6(Pa)の圧力範囲で行うとともに、7×10ー7(Pa)中でティップを1度加熱することにより吸着気体を脱離させた後、その直後、20分後、1時間後に行った。その結果気体吸着によりWの仕事関数は減少することが明らかになった。この現象は極高真空中で使用可能な真空計へ応用できるはずである。また、長時間(〜70min)ティップに負高圧(〜3kV)を印加するとティップへの陽イオン衝撃により吸着気体がスパッタされ電界放出電流が増加し始めることが解った。

7)STMによる2硫化モリブデン表面の観察

MoSは層状化合物で、容易に劈開でき、その劈開面には硫黄原子が6角形に配列している。その劈開面は化学的に不活性であり大気中でSTM観察が可能である。この研究では超高真空中で劈開しその場で観察したSTM像と大気中で劈開し、その後超高真空中でSTM観察した像を比較し、大気中劈開した場合のみ2層目のMo原子像が観察されることを見いだした。また、5)で述べたような加熱によるS原子脱離欠陥を見いだすことは出来なかった。

8)NaCl、MgO(001)面からのイオン衝撃による脱離イオンの観察

NaCl(001),MgO(001)面にAr,Ar2+イオン(1〜2KeV)を照射し脱離イオン種と入射イオンエネルギーによる脱離イオン強度の変化を測定した。NaClの場合H,O,Na,MgOの場合H,Mg2+,O,Mgが観測された。Mgの入射エネルギー依存性は1600eV以下で線形カスケード理論では説明できない構造を持つ。これは、例えばArイオンとO2−あるいはFセンター間の電子遷移により結晶中のイオンの価数が低下し結合力が弱まりその後入射粒子から運動量をもらい脱離するような過程が考えられる。

9)低速電子線回折(LEED)による二硫化モリブデン(0001)劈開面の観察

7)で述べたようにMoS劈開面のSTM像は真空劈開その場観察像と大気中劈開像で異なる。そこでLEEDによる表面構造解析を行い、大気中劈開したMoS表面はS−Mo間が5%縮小しておりさらに1番目のサンドイッチ層と2番目のサンドイッチ層の間のVan der Waals gapがバルクに対して5%拡大していることが明らかになった。

10)電界イオン顕微鏡の試作

タングステンティップを用いた電界イオン顕微鏡を試作し、第一段階として電界電子顕微鏡としての動作を確認した。

11)LEED用電子銃の試作

ベッセルボックス型静電レンズを利用した遮光型電子銃を試作した。タングステンフィラメントからの光をほぼ完全に遮光した状態で得られた電子電流は約10nAであった。

12)NaClからの電子衝撃脱離イオンの観察

水素イオンの他にNa,Clが観測された。入射電子エネルギーがCl(2s)電子の電離エネルギーに相当する付近からNa、Clの脱離量の増加が観測された。Clの増加は2s電子の電離に引き続き原子内オージェ過程を経てClが生成されるためである。NaとClの脱離量は同程度でありClの脱離に伴い最近接のNaのうちの1個が脱離すると考えられる。

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