磁気物性研究室研究内容




主な研究室のテーマ(Research Interests)

概要
磁性の研究は物性物理学の中でも重要な分野をなす。当研究室では,主に磁気相転移にからんだフラストレーション系や量子スピン系、強相関系の問題などを取り扱っている。バルク試料作製はもとより、薄膜試料もMBEやスパッタ装置などで作製している。理学部複合物性研究センター(ハイテクリサーチセンター)に所属し,極低温までのSQUID測定(磁化測定、交流帯磁率測定)が可能である。応用と関連してスピントロニクスなどの研究課題にも取り組んでいる。
1. 強相関系
強相関電子系とは、その物理的特性を理解する上で電子間のクーロン相互作用が無視できない系のことです。電子間の強いクーロン相互作用の結果、電子の持つ自由度(スピン、電荷、軌道の自由度)があらわになり、これらの自由度が複雑に絡み合うことで、強相関電子系物質は多彩な物性(機能性)を示すようになります。ペロブスカイト型構造を持つ酸化物は代表的な強相関電子系物質であり、銅酸化物における高温超伝導、マンガン酸化物における超巨大磁気抵抗効果などが良く知られています。我々はペロブスカイト型酸化物試料を合成し、その物理的性質(主に磁気的性質)を研究しております。また、ペロブスカイト型酸化物以外の酸化物、例えばパイロクロア型、スピネル型酸化物などについても研究を行っております。


2. フラストレーション系・量子スピン系
(1) フラストレーションがランダムに分布する系のダイナミクス(スピングラスの相転移)
交換相互作用が正負競合したり,負だけであっても三角格子を組むなどする場合,あるいは,正だけであっても一軸異方性と競合する場合,すべての相互作用を満足させるスピンの配列が不可能になり,磁気フラストレーションと呼ばれる現象がおきる。このような物質は磁気的な長距離秩序が生じにくくなり,低温で古典スピン液体(あるいは、量子スピン液体)という状態が期待されている。多くの場合は,絶対零度まで完全なフラストレーションが起きず、何らかの原因(乱れ、格子の歪、電子が局在しなくなる、など)によって、一部フラストレーションが解消され、磁気秩序が生じたり、磁性が失われたりする。
フラストレーション系でも、強磁性的相互作用と反強磁性的相互作用が競合する場合、フラストレーションを持つ部分がランダムに分布しスピングラス(SG)とよばれる特殊な磁性が出現する。SGでは低温で相転移を起こし、スピンがランダムな方向を向いて凍結する。この相転移については長い間研究されてきたが、そのメカニズムについてまだはっきりと決着がついていない。特にHeisenberg型のSGでは分子場論的な相転移が起きているのか、スピン配列のカイラリティ相転移が起きているのかを調べるため、特に異方性の小さなSGを当研究室では探索してきた。最近、我々が薄膜で作製したアモルファスGdSiがそのような候補に上がることを我々は見出した。SGの相転移を特徴づけるHT相図を調べたところ、異方性のごく小さな場合のHeisenbergSGの分子場理論的なHT相図を得た。これは、これまでの標準とされてきたAuFeやCuMnのような異方性を持つ希薄合金SGでは知られていなかったことである。我々は、さらに異方性が小さいと思われるアモルファスGdGeを作製し、どうような研究を進めている。当研究室では、このような磁性薄膜を作製する装置(マグネトロンRFスパッタ装置)を保有している。


(2) 乱れによるスピン液体状態の秩序化
本来、フラストレーションを起こさないスピネルAサイト(ダイヤモンド格子)のみに磁性イオンを持つCoAl2O4は、作製の条件によって、低温でスピン液体に近い振る舞いをする。
最近では、多重経路の交換相互作用により、Aサイトでフラストレーションが生じ、スパイラススピン液体状態が起こるとされている。我々は、熱処理条件をさまざまにかえて作製し、条件によって低温まで磁気秩序が生じなくなったりスピングラス(SG)的なふるまいをしたりすることを見出した。これとAサイト、BサイトのCoインバージョンパラメーターとの関係を調べているこの結果、スピン液体的な状態がサイトの乱れなどにより、磁気的な秩序化を起こすことが分かってきた。AlをRhで置き換えた系では、あるRhの置換量で急激にSGが出現することを見出した。最近は、AlをすべてRhで置き換えた物質(この場合は、反強磁性になる)から出発し、これに乱れを入れていくとどうなるかを調べている。


(3) スピンアイスの磁気ダイナミクス
フラストレーションが、一軸異方性と強磁性相互作用の競合により起きる場合もある。スピンアイス化合物とよばれるパイロクロア化合物では、正四面体のひとつのユニットの頂点に配位されたスピンが、2つは内側重心方向をむいて、2つは外側を向く、いわゆる2-in, 2-out配列がエネルギーの低い状態になる。しかし、この配置が実現されるスピン配列の組み合わせは、結晶全体では巨視的になるため、この基底状態は縮退がとても大きく、その配列はどれかに決まらずに、スピン液体と本質的に同等な状態となる。ただし、異方性がからんでいるので、スピンが反転するまでの時間は低温で非常に長くなる。この緩和時間は、場合によっては測定時間より長くなるため、凍結してみえるようになる(スローダイナミクス)。ただし、多くの報告では緩和時間が大きな分布をもつとされている。このようなスピンアイス状態の緩和を磁気測定から調べ、どのようなことが起きているかを我々は研究している。


3. 単分子磁石ネットワークの研究
分子一つ一つが磁石のように振舞う「単分子磁石」(Single Molecule Magnet, SMM)の2次元磁気ネットワークの磁性について、特にダイナミクスについて化学科錯体研究室との共同研究で調べている。異方性の分散と強磁性的相互作用によるフラストレーションに注目し、2次元版スピンアイスのモデルを構築した。また、乱れによって、ランダム異方性を持つ系に秩序化する可能性がある事を示した。
4. 磁気多層膜の磁気的性質の研究
分子線エピタクシー(MBE)装置や高真空マグネトロンスパッタ装置により磁性体の多層膜を作製している。最近ではMgO(100)、MgO(111)基板上にエピタキシャルにFe/Cr(100)、Fe/Cr(110)層をエピタキシャルに積んで、界面フラストレーションと磁気ダイナミクスの関係を見る事を進めている。特に、界面フラストレーションが生じる場合、薄膜の残留磁化の緩和時間が非常に長くなる、スローーダイナミクスと呼ばれる現象を見出した。また、最近、FeとCr層の間にAuやAgを挟んでもこのような現象を見出した。しかし、Au, Ag の膜厚で緩和の程度が変化し、緩和率(磁気粘性)が膜厚で振動することを見出した。これは、Fe/Au, Ag/Cr層で生じた量子井戸の効果による、AuやAgのスピン分極によるものだと考え、様々な実験をおこなっている。


5. 放射光を利用したMgO単結晶トンネル障壁を持つトンネル磁気抵抗多層膜界面の電子状態の研究 (現在は行っていません)
MgOの単結晶障壁を持つトンネル磁気抵抗素子(TMR素子)の中には室温で500%という高い磁気抵抗比を示すものがあり,高性能の磁気ヘッドやMRAMとよばれる新しいメモリーの素材として注目を集めている。この大きなTMR発現には素子の強磁性体電極と絶縁体層の界面の状態が重要な鍵を握る。我々は産総研のスピントロニクスグループ,北大,高エネ研との共同研究によりAl2O3層やMgO層に接したCoやFeの1層およびエッジ層,あるいはホイスラー合金超薄膜層のMnとCoの電子状態を高エネ研にて放射光でx-ray absorption spectroscopy (XAS)やx-ray magnetic circular dichroism (XMCD)を測定することにより調べた。放射光では磁性原子の内殻からの吸収を選択的に十分な強度で見ることができるので,Co,Fe,Mnなどの1原子層の電子状態が観測でき,解析により,スピンおよび軌道磁気モーメントの値が得られる。