***** DCNQI系の研究の歴史---銅塩を中心に *****

(下記で[ ] 内は文献ではなくて注釈です。文献が知りたい人は、このメイリングリストに当事者がたくさん入っているので、適宜照会してください。)

概観

古代のDCNQI銅塩の研究史は、一言でいって銅の混合原子価状態の検証(低温まで安定な金属状態の起源)と相図の確定で特徴づけられる。これによってDCNQI銅塩が従来の分子性金属とまったく違う電子構造を持ち、独特の物性を示すことが明らかにされた。また、すでにこの時期において、後々まで大きな影響を及ぼす諸事実・諸概念が提出されていたことも記憶されるべきであろう。絶縁相の3倍周期構造[0]に始まって、例えば、リエントラント転移の存在,ヤーン−テラー歪み[1]との関係,絶縁相低温での反強磁性,近藤効果[2](重い電子系)の可能性などである。この古代はベルリンの壁崩壊−東西ドイツ統一の時期にほぼ終焉する。古代における研究成果は、テュービンゲンのICSM90において豊富な発表として結実した。

中世においては、DCNQI銅塩の特殊性が一層強調される形で事態が推移した。光電子分光[3]と理論によるラッティンジャー液体状態[4]の提唱、リエントラント領域における異常に大きな比熱[5]・磁化率[6]に基づく重い電子系の可能性の議論などがこの時代を代表するトレンドであった。しかしながら、とりわけリエントラント領域の実験的研究では、混晶系[7]という取り扱い・評価の難しい試料による測定が主であり、また試料の形状や測定時のストレスの影響[8]なども測定者に明確には認識されていなかったので、往々にして不確定要素の付きまとった結果が得られ、この系の物理についてのコンセンサスはなかなか確立されなかった。そんな中で、何か不思議なことが起こっているはずだという観念が研究の方向を支配していた。この系の物性研究者にとっては模索の時代であったともいえる。バブル経済の崩壊が誰の目にも明らかになったころ、中世は幕を閉じた。

近代の始まりは重水素革命によって告げられた。中世までは何かと問題の多かったリエントラント領域の物性測定が、ほぼ均一と考えられる選択的重水素化試料[9]を用いて、常圧で再現性よく制御されておこなえるようになったのである。またこれにより、置換基効果が、その電子吸引性というよりもむしろ構造・寸法上の問題であって、chemical pressure[10]という概念で整理できることもはっきりした。試料寸法ひとつをとっても、中世のものとは比較にならないほど向上している[11]。これにより、リエントラント転移の性質やその周辺相の物性測定が集中的におこなわれるようになり、中世までのデータが大幅に書きかえられることになった。さらに、磁気量子振動[12]など強力な研究手段の適用も可能となり、論争のいくつかにけりがつけられた。はっきりしたことは、リエントラント転移の近傍には異常な金属相など存在しなかったということである。近代の集中的研究の時代は、自民党と社会党が連立政権をつくるという誰も想像だにしなかった事態を迎えたころに一段落し、金日成の死で緊張をはらんだソウルでのICSM94にほぼ集約された。

阪神大震災・オウム真理教事件など世紀末的混迷を深めるなかで、このDCNQI系の研究も先の見えない現代に突入し、謎のジヨード系[13]やC/N同位体効果[14]など華々しくないかもしれないが、簡単にはけりのつきそうにない課題を残しながら推移している。

ポストモダンのDCNQI?さてどうなりますか....

ところで上記の時代認識は主として日本の研究動向について述べたものであるが、欧州ではまったく異なった歴史経過をたどってきたことにも触れておかねばなるまい。DCNQI銅塩の合成、ヘリウムガス加圧によるリエントラント相図の作成、表面酸化の影響を避けた光電子分光実験、重水素置換など歴史的転換の引き金になるような実験が多く欧州方面から出ているにもかかわらず、銅の混合原子価状態という一点を認めないばっかりに、欧州---特に南西ドイツ地方---では暗黒時代が永く継続し、金日成が死んでようやく近代に到達したのである。ガリレオを宗教裁判にかけ、虐殺をもってプロテスタントやユダヤ人を弾圧し続け、ダーウィン進化論をなかなか認めなかった欧州文明の頑固さがここにも見られるのである。黒船や太平洋戦争当時の日本に似ているといえなくもないが。

<< 年表 >>

・・・主な遺跡の年代を決定するにあたって、学会発表の時点をとるか論文出版の時点をとるかなど、微妙にずれが生じているところがあります。ここに挙げたものは完全なものではなく、大体の参考です。

 

<あけぼの〜古代>

1986年

  Aumullerらによって、DMe−    銅酸化物高温超伝導

 DCNQI銅塩が極低温まで金属

  的で非常に高い伝導性を示すこと

  が報告される。

 

1987年

 アルカリ金属塩・銀塩の一次元性     非対称ドナーの超伝導

 

  圧力誘起金属絶縁体転移の発見      κ型ET塩で10K超伝導

 

  置換基効果

 

 銅塩絶縁相の3倍周期

 

  混合原子価とヤーン−テラー効果

 の協同による絶縁化機構の提唱

 

1988年

 加圧DMe系でリエントラント転移    有機超伝導体で量子振動観測

 

 ESRによる反強磁性転移の示唆

 

 近藤効果を思わせる磁気的挙動

 

  DMe系で大きな電子比熱係数

 

1989年

  DMeO−MeBr混晶系でリエントラント転移

 

  磁化率による反強磁性転移の確認      MHg(SCN)4型ET塩の発見

 

  偏光赤外反射で絶縁化に伴う次元性変化

 

  光電子分光による銅の原子価の決定  κ型ET塩で加圧下13K超伝導

(有機分子超伝導の最高)

 

<中世>

1990年

  DMe−MeBr混晶系で電子比熱係数の増大

 

  DMe系で磁化率の温度変化にヒステリシス

 

1991年

  低温構造の解析              純有機強磁性の発見

 

  振動スペクトルの温度変化のFT-IRによる   C60アルカリ塩の超伝導

  測定

 

  NMRによる反強磁性磁気構造の研究

 

  ラッティンジャー液体の可能性提案

 

<近代>

1992年

  重水素化DMe系での絶縁体転移

 

  d8-h8混晶系の研究

 

  熱力学的現象論によるリエントラント相図の

  説明

 

  選択的重水素化系の激しいリエントラント転移

 

1993年

絶縁相はモット絶縁体、との提案

 

 メチル基回転によるリエントラント機構の提案

 

  d8の反強磁性磁気構造(NMR・磁化率・

反強磁性共鳴)と弱強磁性

 

  選択的重水素化d2系の磁化率による過冷却効果

 の指摘とmass増大の否定

 

  h8のdHvA効果による3次元フェルミ面

 

  d2,d4のdHvA効果によるmass増大の否定

 

<現代>

1994年

  DI系の伝導性の特殊性

 

  DI系の異常磁性

 

  第一原理バンド計算の適用

 

13C,15N の同位体効果

 

1つの総括:

DCNQIをめぐっては結局否定されたものまで含めるとほとんどあらゆる物性物理関係の諸現象・諸概念が持ち込まれたのは確かである。皮肉にもかかわらなかったのは超伝導ぐらいか?

 

<注釈>・・・暫定版です。文献も付けたかったのですが。

 

[0] 3倍周期構造

  結晶格子の周期がある方向で3倍になった構造のこと。こういうのを木で鼻をくくったようなというのでしょうね。大事なことは、この場合、もともと等価だったものが2種類(中央と両端)または3種類(松・竹・梅とか)になるということ。DCNQIの銅塩は前者で、銅イオンの1価と2価が2:1できると考えられている。実際に観測するには、X線の写真を撮ると、もとの回折点列の間を3等分したところに新たに回折点が現れる。

 あとは澤さん書いてください。

[1] ヤーン-テラー歪み(Jahn-Teller やーん−てらーひずみ)

  スピンの自由度は別として、分子の空間対称性によって縮重(縮退)しているエネルギー準位のセットを考える。分子が歪んでその対称性が低下すると、一般にエネルギーの重心を元の準位のところに保ちながら、分裂した準位を持つようになる。つまり、元のエネルギーよりも下降する準位と上昇する準位がある。これらの準位がすべて電子で占有されていれば、エネルギーを得する電子と損する電子が同数なので、分子が歪むことによる得はない。しかし、電子がこのセットを部分的に占有していると、歪みに伴ってエネルギーを得する電子の方が損する電子よりも多いので、多数決の結果で歪んだ方がよいということになって、分子は歪んで対称性の低い構造をとる。よく知られた典型例は銅の2価イオンで、d電子が9個しかないので正八面体から歪んで正方形の構造を持つ。有機化学では開殻縮重軌道の例が少ないが、シクロブタジエン(さいくろびゅただいいん、と読みましょう)が正方形(二重縮重準位に2個のπ電子が入って、Hund則により三重項状態)ではなく長方形(これは一重項)になっているという例が最も初歩的であろう。お気づきのように、この議論は部分的に満たされたバンド(つまり金属の伝導バンド)がパイエルス転移を起こすという話と似ている。なお、直線分子に上述の議論は適用できない。

[2] 近藤効果(Kondo こんどうこうか)

  事の起こりは、アルミニウムのような磁性のない金属にマンガンのような磁性原子をわずかに混ぜた合金で、低温で電気抵抗が極小を持つという実験事実だった。長い間その原因は不明だったが、近藤淳先生がていねいに理論計算を進めてこれを説明して以来、理論的理解が現在までどんどん進んできた。以下は筆者流の理解:磁性原子の不対電子はほとんど局在しているが、伝導電子の波動関数とわずかな重なりを持っていて、混成しようとする。しかし温度が高いときは、熱運動によってそれが妨害されて混成せずに解離している。局在不対電子と伝導電子がバラバラ勝手に運動していた方がエントロピーが高いから、といってもよい。このときは単なる金属に不純物があるだけのことで、電気抵抗は低温に向かって下がり、磁化率は局在不対電子のCurie成分と伝導電子のPauli常磁性の和である。温度が下がってくると、エネルギーの得がある混成状態を作る傾向が出てきて様子が変わる。特徴的なのは、混成状態(一種のVB=valence bond=共有結合)をつくる2電子の1つが局在電子で他方が伝導電子であるという点である。だから共有結合といっても相手が次々に変わる(しかもいつもいるとは限らない)変な結合である。局在スピンの周りに反対向きのスピンを持った伝導電子がぼやっと集まっているというイメージで、そのぼやっとしたものをKondo cloudと呼ぶ。バンド的に見れば、高温で幅広の伝導バンドと幅のない局在準位があると見なせた状況から、混成によって局在軌道もバンドを作るのに参加してきて幅の狭いバンドがFermi準位のところにできてしまう、という変化が起こったと見ることができる。局在状態が伝導電子との散乱によって寿命が短くなるので(出たり入ったりする、つまり局在軌道と伝導電子の軌道の間にcharge transfer がある。)、不確定性関係によりエネルギーがぼやけて幅を持つ、といってもよろしい。物理の先生がまじめに計算するときは、伝導電子が局在スピンによって散乱されるという問題をいっしょうけんめい議論していって、Fermi面のところの電子は無限個あって無限に小さいエネルギーでも励起されるから...と大変な計算になってしまうが、そのへんは偉い先生に任せて結果をかいつまんで述べると、電気抵抗は低温で温度の対数関数で上昇し(幅の狭いバンドができてくるから)、磁化率はある温度から減少し始める(局在スピンだったものが伝導電子になろうとするから)。互いに独立な局在スピンの比熱はゼロである(磁場がない限り、温度を上げ下げしても状態が変わらないから)ので、高温の電子比熱は元の伝導電子の寄与だけで小さい(電子比熱は状態密度に比例する)が、幅が狭くて状態密度の大きなバンドができる低温では電子比熱が大きくなる。強磁場をかけると、混成がじゃまされて局在スピンと伝導電子が分かれるので、むしろ電気抵抗が下がる。

 もともとの近藤効果は、磁性不純物が希薄な場合についての研究からきたものだが、磁性原子がたくさんあってストイキオメトリーを構成しているような場合には、近藤格子(Kondo lattice; 磁性原子が格子をなしているので)、あるいは高濃度近藤(dense Kondo)系、重い電子系(heavy Fermion)という。むしろ上述の説明は重い電子系の方によく当てはまるだろう。重い電子系という名前の由来は電子比熱の増大から来たもので、バンド幅が狭くなることが電子の有効質量の増大に対応しているからである。近藤格子が希薄近藤系よりやや複雑なのは、磁性原子が格子の一部になっているせいで磁性原子どうしの相互作用を無視できない点である。また現実の重い電子系は、何重にも縮重した多重項になっていることが多く、それも問題を複雑にする。

 磁気的に見れば近藤効果の問題は、スピン対が低温で一重項基底状態に落ちていく過程によく似ている。片方が伝導電子なので、電気抵抗やら比熱やらまで問題になってややこしい、のである。

[3] 光電子分光(こうでんしぶんこう)

  磁気共鳴「分光」と同様、分光なんかやっていないのに分光と名乗っている変な実験で、しかも光を使っているのでややこしい。分光を英語でいえばspectroscopy で、それは横軸に何かのエネルギーをとって何かを測定することだ、として納得しよう。といっても、電子分光(electron spectroscopy)と電子スペクトル(electronic spectrum)が全然違うものだといわれて、最初は「へ?」と思いますよね、やっぱり。

さて光電子分光では、真空紫外線やX線のようなエネルギーの高い光(大抵は一定エネルギー)を試料に照射して、光電効果によって飛び出してくる電子のエネルギー分布を測定する。紫外線を使うものをUPS、X線を使うものをXPSといって区別することもある。光電子分光はphotoelectron spectroscopyだが、photoemission(しつこいようですが、出てくるのは電子です)、とかESCA(electron spectroscopy for chemical analysis )などと呼ばれることもある。さて光電効果で出てくる電子は、単純に考えれば(入射光エネルギー)−(束縛エネルギー)で与えられる運動エネルギーをもって飛んでくるはずで、入射光エネルギー既知として運動エネルギーを測れば束縛エネルギーがわかる、というのが基本である。いいかえればどんなエネルギー準位に電子がいたのかがわかる。それはその電子がいた原子の状態(価数その他)でだいたい決まっているはずで、それを見れば電子状態がわかるという話である。原子の電子状態で束縛エネルギーがずれることを、ややこしいことは化学に押しつけてしまえという物理学者の陰謀で(かどうか知らないが)、chemical shift と呼んでいる。X線の振動数は高いので、電子がX線を認識して家出を決断する時間は短く、自分が本当は混成家族の一員だなどという事は考えもせずに、目先の雰囲気だけで「あっ、今は銅の1価だ」とか「ここはTTFのカチオンラジカルだ」とか、どいつもこいつも勝手に思いこんで出ていってしまう。ここに目を付けて、1価と2価が何対何で混じった状態である、なんていう情報が得られることになっている。電子が互いに独立ならばそれだけのことだが、電子が出ていく前の状態と出ていった後の状態は、家出少年の都合だけで決まっているはずはなく、残された者がおろおろしたり、せいせいしたり、養子をとることにしたり、まあいろいろと事情もあってそれがエネルギーに反映される。そんなわけで、もともと1つの原子準位に対応しているはずのピークが分裂してサテライトが出たりする。基本は、勢い込んで出てくる不良少女の家庭は居心地が悪かったんだろうし、後ろ髪を引かれるようによろよろ歩いてくる家出少年は家でそれなりにうまい飯でも食ってたんだろう、というような話だが、出てくる前に迫害されたことがあったか、出てくるときに止める奴がいたか、そんな事情も関係しますよ、ということである。

 DCNQIと何の関係があんのかわからなくなりつつあるので、続きは誰か書いてください。

[4] ラッティンジャー液体(Lattinger らってぃんじゃーえきたい)

  朝永-ラッティンジャー液体ともいう。この話をする前に、フェルミ液体のことをいわねばなるまい。液体というからには気体という概念があるはずで、フェルミ気体とは何かというと自由電子のようなフェルミ分布していて互いに独立な粒子から成る気体のことである。フェルミ液体がフェルミ気体とどこが違うかというと、液体の方がよっぽど高密度で粒子同士が相互作用し合っている点である。多数の粒子が互いに相互作用しながら動き回っていたらわけの分からないことになりそうだが、実はパウリの排他律によってそう勝手なことはできないように制限されているので、温度が低くて外部から加えるエネルギーが低い(ゆっくりした変化)ならば、気体の場合とあんまり違わないんじゃないかとロシアの天才レフ=ダヴィドビッチ=ランダウ大先生が考えついて、フェルミ液体なる概念をつくった。フェルミが言い出したのではないのである。結局フェルミ液体は、気体と比べて多少動きにくかったり粘りけ(抵抗)が大きかったりしても、分布関数などは1対1対応になっていて大変よく似ている。特に基底状態での(極低温での)運動量の分布についてみると、ある値のところで分布関数が不連続に変化する(フェルミ準位あるいはフェルミ波数のところでストンと変化する、いわゆるフェルミ分布のことをいっている)という特徴を持っている。通常の金属の物性を議論する際には、フェルミ液体がもっとも基礎になる。

 ところが、朝永先生とラッティンジャー先生が、一次元ではちょっと違うぞと指摘した。一次元では、電子の居場所なりスピンの向きなりの変化(励起)が伝わっていくとき、回り道や追い越しができないという事情もあって、壁のような格子欠陥として伝わっていく。(kinkとかdomain wallとかsolitonとか呼ばれます。)この場合、森さんが最近よく使っている図の如くに、電子の電荷とスピンの向きが別々に伝わっていくというような変なことも起きる。フェルミ分布はもともと、スピンと電荷が一体になった電子に対するものであった。その前提が怪しくなっているので、電子がフェルミ分布しているべきだという結論も怪しくなる。で、フェルミ準位のところを見ると、電荷の変化(励起)とスピンの励起が分離してしまって、励起状態の指定の仕方が運動量とは単純に対応しなくなってしまっている。そんなわけで、フェルミ分布における運動量の不連続がぼけてしまって、絶対

零度までいってもぼけっぱなしのフェルミ分布、みたいなことになっている。こういうのをラッティンジャー液体と呼び、温度が多少高いときのフェルミ分布に似ている。

 DCNQI銅塩では、光電子分光でみるとフェルミ準位のところの電子分布が妙にぼけている、というわけで、その可能性が云々された。少なくとも低温では、フェルミ液体である証拠として量子振動が観測されたので、ラッティンジャー液体であるはずがない。

後半は間違っているような気もするので、誰か訂正してください。

 

[5] 比熱

  まず熱力学の復習をしましょう。比熱はエントロピーを温度で微分してから温度をかけたものです。エントロピーはその温度でどれだけ勝手な動きがあるかを数えてその対数をとったものです。だから高温でがたがた動いていたものが低温で急におとなしくなるとき、エントロピーがすっと減少して、そこに比熱の山が出たりします。

 伝導電子も、温度が下がるとフェルミ分布のぼけがなくなって一意的な基底状態に向かっておとなしくなっていきます。その場合のエントロピーを計算すると、それはフェルミ準位の状態密度に比例し(状態が多いほど自由度があるので)、温度にも比例しているという結果になります。つまり、S=γT(γは状態密度に比例する定数)となるので、その比熱もC=γTとなります。物性物理の人と会話をするときには「ひねつのがんま」と聞いてとりあえず上記のことが思い浮かべばよろしいんじゃないでしょうか。物性物理をやるにはもっとたくさんのことを知らなきゃいけませんが。

電気抵抗は熱力学とは直接つながらない物理量なのでいろいろややこしい事情が入ってきますが、比熱と(静)磁化率はいずれも自由エネルギーの2階微分で与えられるので、うまくつかうと非常に明快な結論になります。

 

[6] 磁化率(じかりつ)

  物理出身の人はよく帯磁率とおっしゃいます。でもワープロでは磁化率の方が出やすい。英語では(magnetic) susceptibilityといいます。日本人でこれが舌がもつれずに一息にいえる人は磁性の研究の経験者です、たぶん。それにしても電荷帯磁率とは変な言葉で、電気感受率というべきでしょう。磁化率のまねをして電化率というと、国鉄の用語ですね。アホな話はともかく、以下のことは知っておくべきでしょう。1)伝導電子の磁化率はふつう温度によらず一定で、状態密度に比例する。これをパウリ常磁性という。2)化学結合をつくっている結合電子対の磁化率は負で(反磁性で)、これも温度によらない。内殻の閉殻電子も同様。両方まとめて、core の反磁性という。これはしばしばパスカルの加成則をつかって見積もられる。3)閉じたフェルミ面の伝導電子の磁化率には、小さな反磁性の寄与がある(ランダウ反磁性)。これも温度によらない。4)局在スピンの磁化率は、十分高温ではキュリー-ワイスの法則に従う。キュリー定数からはスピンの濃度が、ワイス定数からはスピン間の交換相互作用の値が見積もられる。ここではこれくらいにしておきます。低温で起きるいろいろな現象で磁化率がどうなるかは、その都度調べて考えてみましょう。

 

[7] 混晶系(こんしょうけい)

似たような分子を混ぜて結晶を作ると、結晶格子のところどころが混ぜ込まれた分子で置換された単結晶ができることがあります。これを混晶といいます。置換型合金、というのと同じようなものです。混晶の面白いところは、置換によってそのサイト付近だけが歪むのではなくて、結晶全体の格子定数が変化することです。だから、2つの物質の中間の性質を持つ系列を連続的に作ったりすることができます。もちろん多少の乱れは残りますので、その影響も考える必要があります。中世にはDCNQI系の混晶として、ジメチルとメチルブロモの組合せなどが使われました。似たようなものだといっても、メチル基とブロモ基ではかなり違いがあるわけで、それが試料内の乱れとして測定結果に影響していました。近代初期に使われた混晶は、重水素を含まないメチル基と重水素化メチル基の組み合わせによるもので、試料内の乱れの原因としては圧倒的に小さな違いしかないわけです。そのほか、DCNQIの原子価を調整する手法として、約1.3価になる銅の一部を1価にしかならないリチウムで置換する手法は、現在にいたるまでよく使われています。

 

[8] ストレス(すとれす)

いろいろあって、世の中楽じゃありませんね。

さて物性測定の際に試料にストレスを与えてしまう原因になるものとしては、試料を保持しておくための接着剤、グリース、セロテープ、紙、綿、容器など、電気測定をするための導電ペースト、リード線の張力、試料自身の熱膨張、などがあります。細い針状結晶に対する曲げ応力などは局所的には非常に強いストレスになリます。ジメチルDCNQI銅塩がストレスにきわめて敏感だったのは、フリーの状態ですでに相転移の臨界圧力の近傍にあったためです。それで、通常なら大丈夫なはずの取扱いで、測定結果に影響が出ることがしばしばありました。試料を固定しようとして、いわゆる「綿を固く詰める」---鼻血が出たときに鼻にちり紙を詰めるような固さ---ようなことをすると、はっきり影響が出ます。また、大きめの単結晶は何にもしなくても中にストレスをため込んでいるようなことがあって、結晶の左右で転移温度が違ったりします。

 

[9] 選択的重水素化(せんたくてきじゅうすいそか)

有機分子についている水素(しばしば表示されない)にはいろいろな性質のものがあって、簡単に溶媒中の水素と入れ替わるものもあれば、しっかりくっついているものもあります。O−HとかN−Hとかは簡単に入れ替わる部類ですが、C−Hの水素にも条件次第で入れ替わるものもあります。多くのC−Hの水素は、そう簡単には入れ替わりません。だから、その部分に対応する合成原料の段階で、HをDに換えておく(あるいはDにした市販品を使う)とかやれば、その部分だけが重水素化された分子が合成できるわけです。

 

[10] chemical pressure(かがくてきあつりょく)

普通に圧力をかけて試料の構造を変える代わりに、分子の構造や寸法を少し変えたもので同じ結晶を作って、圧力をかけた状態に相当する結晶構造を持たせた、という意味です。化学者が待遇改善を求めて騒いでいるという意味ではありません。

 

[11] 試料寸法(しりょうすんぽう)

どういうわけか、DCNQI銅塩の結晶は、ジメチル体のものが圧倒的に結晶性がよく、それ以外のものはなかなか大きな結晶を与えません。ジメチルに次ぐのはジヨードでしょう。それ以外になると、ぐんと小さくなります。「おはようございます、ブラウンです」といって、シェーバーから出してくるヒゲの切り屑程度の大きさが、ジメチルやジヨード以外の場合のよい結晶の寸法です。逆にジメチルの結晶でその程度の寸法をもつものは、化学反応を利用した結晶成長法で比較的短期間に得られます。ジメチルの大きな結晶は、1mg級で、シャープペンシルの芯より太く丈夫で、それ1個で比熱や磁化率の測定が可能です。

 

[12] 磁気量子振動(じきりょうししんどう)

(いろいろ書きたいこともあるんですが、そろそろ疲れてきたので、宇治さんに任せましょう。)

ひとつだけいわせてもらうと、7年前に自分の作った結晶でこれが観測されたと聞いたときはやっぱり嬉しかったですね。「お前の作った結晶なんかで見えるはずがない」なんてひどいことをいわれていたりしたので。

 

[13] ジヨード系(じよーどけい)

何なんでしょうね、これは?金属伝導のくせに、磁化率がやたらに大きくてしかも110Kにブロードピークが出るんですよ。

 

[14] C/N同位体効果(C/Nどういたいこうか)

(青沼さんよろしく)

 

おしまい・・・お疲れ様でした。